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2017/06/16: 火星大気に関する論文が、米国の学術雑誌(Journal of Geophysical Research, JGR)から出版

本研究室の野口克行助教と、森井靖子さん・小田尚香さん(いずれも卒業生)らが執筆した論文(Noguchi et al. [2017])が、米国の地球惑星物理学分野の専門誌であるJournal of Geophysical Research (JGR): Planetsから出版されました。

この論文は、火星の北極域の極夜において雪(ドライアイスの雪)が降るメカニズムの解明を目指した研究です。地球と同様に、火星の北極や南極にも太陽が一日中昇らない時期(極夜)が存在します。極夜では太陽からのエネルギーが得られないために気温がどんどん低下し、最終的には火星大気の主成分である二酸化炭素が凍ってしまうような温度近くにまで下がります。

我々は、米国の火星探査機の観測データを用いて火星極夜の大気においてどのような場所で二酸化炭素が凍る温度になっているかを詳細に調べた結果、特定の高度や経度帯でそのような気温低下が起こりやすいことを発見しました。さらに、その気温低下は「地形に対して固定された低温域」と「経度に対して移動性の低温域(地球の移動低気圧・高気圧に類似)」の二種類の低温域が重ね合わさると発生しやすいことを初めて明らかにしました。

より詳細な説明

火星では、極夜域及びその上空で気温が-120℃から-140℃程度にまで下がり、大気主成分である二酸化炭素が凝結してドライアイスになります。凝結したドライアイスは最終的に地表面まで降下して固定されることで極冠と呼ばれる氷床を形成し、大気量が20-30%程度も減少します。そのため、二酸化炭素の凝結は火星の気候に大きな影響を与えており、どのようなメカニズムで二酸化炭素の凝結が起きるのかを明らかにすることが重要です。

今回発表された論文は、火星探査機によって行われる気温観測(電波掩蔽観測)のデータを用いて、火星大気中の二酸化炭素の凝結(過飽和)が極夜域においてどのようなメカニズムで発生しているのかを明らかにしました。電波掩蔽観測では、気温が凝結温度以下になるような状況(過飽和)がしばしば観測されており、その詳細な解析が待たれていました。実は、電波掩蔽観測だけでは二酸化炭素が凝結しているかどうかまではわからないのですが、別の測定器による観測データの解析で得られた結果も併せると、二酸化炭素の過飽和が観測されている領域付近では二酸化炭素の凝結も発生していると考えられています。

我々は、米国の火星探査機マーズグローバルサーベイヤーによる電波掩蔽観測データを詳細に解析して、二酸化炭素の過飽和がどのような緯度や経度、高度で発生しているのかを調べました。すると、特定の経度において二酸化炭素の過飽和が発生しやすいことが明らかになりました。このような経度依存性を持つ大気現象の多くは、大気中を伝播する空気塊の大規模な振動(大気波動)によってもたらされることが多いため、二酸化炭素の過飽和が発生している地域での大気波動の性質を調べると共に、検出された大気波動がもたらす気温変動で本当に二酸化炭素の過飽和を発生させることが可能か、定量的なチェックも行いました。

その結果、東西方向に伝播せずに特定の経度域で気温の変動をもたらす大気波動(定常波)と、特定の経度域に留まらず東西方向に伝播しながら気温の変動をもたらす大気波動(非定常波、地球の移動性低気圧・高気圧に類似)の二つの波動が重なり合うことで、二酸化炭素の過飽和が引き起こされていることが明らかになりました。右図で示されているように、定常波(緑の曲線)や非定常波(青の曲線)だけでは二酸化炭素の凝結温度(黒の直線)を下回ることはありませんが、これらを重ね合わせた結果(赤の曲線)凝結温度を下回る場所が出現していることがわかります。


さらに、火星の大気大循環をコンピュータで再現可能な数値シミュレーションモデル(DRAMATIC)を用いて、観測結果と同様に二酸化炭素の過飽和発生の経度依存性や定常波と非定常波の相互作用による気温低下が再現されました。

定常波や非定常波といった大気波動の活動度が極夜域で高いことは以前からも知られていましたが、本研究はこのような様々な波動の相互作用によって二酸化炭素の過飽和が発生していることを初めて観測的に示すことに成功しました。

大気中の二酸化炭素の凝結の結果で生じる季節性極冠にも経度依存性があることが知られています。本研究は、そのような極冠の形成過程に大気波動が影響している可能性を示唆しています。

論文タイトル:Role of stationary and transient waves in CO2 supersaturation during northern winter in the Martian atmosphere revealed by MGS radio occultation measurements (当該論文掲載のWebページ)
掲載雑誌名Journal of Geophysical Research: Planets, 122, 912-926, doi:10.1002/2016JE005142.
著者:Noguchi, K., Y. Morii, N. Oda, T. Kuroda, S. Tellmann, and M. Pätzold